食品の官能品質を“見える化”する新しい技術 ―官能評価とテクノロジーの融合がもたらす変化―

食品の品質を評価する上で、人の感覚は欠かせません。見た目、香り、味、食感——これらを総合的に捉えることで、私たちは食品の魅力や品質を判断しています。こうした人の感覚を科学的に扱うのが「官能評価」であり、食品開発や品質管理の分野で長く活用されてきました。

しかし、人による評価はどうしても主観的であり、結果が評価者や環境によって変わることがあります。この課題に対し、近年ではテクノロジーを活用して官能評価をより客観的かつ再現性の高いものへと発展させる取り組みが進んでいます。

その動向を包括的にまとめたのが、Rodrigues らによる論文「Emerging Methods for the Evaluation of Sensory Quality of Food: Technology at Service」(2024)です。今回は、その中から注目すべきポイントをいくつかご紹介します。


官能評価を支える「Artificial Senses

機器的手法の代表的なものが、食品の成分や構造を非破壊で分析する分光分析(スペクトロスコピー)です。可視光や近赤外光を利用して、色、脂肪、水分、たんぱく質などの情報を短時間で取得できるため、品質管理の効率化にもつながります。

また、人の味覚や嗅覚、視覚を模倣する電子の舌(E-tongue電子の鼻(E-nose、電子の目(E-eye)といった装置も広く普及されています。
これらはセンサーが食品の化学的特徴を検知し、統計解析によって数値化・パターン化することで、人による官能評価と同様の情報を、より客観的な形で得ることができます。

こうした技術は、官能評価の置き換えではなく、補完として位置づけられています。人の感覚が持つ微妙な差異を尊重しながら、機器分析によって客観性を高める——その融合が新しい評価手法の方向性といえます。


生体反応から探る「感じ方」の多様性

そして従来の味や香りの評価に加え、消費者の生理的・感情的反応を測定する方法もあります。たとえば、顔の表情解析によって、食品を口にしたときの微細な感情変化を検出したり、心拍数、皮膚電位、体温などを通じて、無意識の反応を分析する「バイオメトリクス計測」です。

これらのデータは、消費者がどのように食品を知覚し、どのような要素に反応しているのかを理解する手がかりになります。とくに官能評価の分野では、「好ましさ」や「快・不快」のような情緒的側面を、客観的指標として扱う試みが進んでおり、感覚科学の新しいアプローチとして注目されています。


VRがつくる“リアルな評価環境”

さらに、仮想現実(VR)や拡張現実(AR)を活用した官能評価の研究も最近のトピックです。一般的な官能評価は、評価者が外部刺激の影響を受けないよう個別ブースで行われますが、実際の消費場面では、照明、音、空間、他者の存在といった多くの要因が感覚に影響します。

VRを活用することで、こうした環境を仮想的に再現し、実際に近い状況での知覚反応を観察できるようになります。たとえば、ワインバーやカフェの雰囲気を仮想空間で再現し、その中で飲食することで、より自然な感情や評価を引き出す試みが報告されています。また、VR環境下で表情解析や生体反応を同時に測定することで、食体験全体を多角的に理解する研究も進められています。


技術と感覚の融合がもたらす未来

人による官能評価の価値を尊重しつつ、テクノロジーがもたらす客観性と効率性を組み合わせることで、食品の官能品質をより正確に把握できる可能性が示されています。

分光分析、電子センサー、生体データ解析、そしてVR環境評価——これらの手法が連携することで、食品の感覚特性を科学的に理解する取り組みは、今後さらに広がっていくでしょう。


参考文献:
Rodrigues, S.S.Q., Dias, L.G. & Teixeira, A. Emerging Methods for the Evaluation of Sensory Quality of Food: Technology at Service. Current Food Science and Technology Reports 2, 77–90 (2024).
https://doi.org/10.1007/s43555-024-00019-7