ChatGPTをはじめとする「生成AI(Generative AI)」が急速に普及し、私たちの仕事や生活のあり方を大きく変えようとしています。
食品や香粧品の開発現場、そして私たちが専門とする「官能分析」の世界においても、その波は確実に押し寄せているようです。今回は、官能評価や消費者研究の分野で生成AIをどう活用できるのか、その可能性と課題を整理した非常に興味深い論文(2025年公開)を参照しながら、これからの「おいしさ」の開発について少し考えてみたいと思います。
アイデア出しから「シリコン・サンプル」まで
生成AIは、食品の感覚や消費者科学において、研究プロセスを効率化し、消費者の行動や嗜好をより正確に分析するためのツールとして注目されています。具体的には、以下の3つのフェーズでの活用が期待されています。
- コンセプトの生成: 「フローラルとシトラスの香りを組み合わせた炭酸飲料は、消費者に好まれるか?」といったリサーチクエスチョンや仮説をAIと壁打ちしながら生成する段階です。人間だけでは思いつかないような斬新な組み合わせを、膨大なデータを持つAIが提案してくれるかもしれません。
- デザインの作成: 評価実験に必要な刺激(食品の画像やシナリオ)や、評価シート(アンケート項目)を作成する段階です。例えば、消費者が商品を食べるシーンを想定した具体的なシナリオをAIに書かせたり、適切な評価用語のリストアップをサポートさせたりすることで、準備にかかる時間を大幅に短縮できる可能性があります。
- 評価: ここが最も議論を呼びそうな部分ですが、AIに人間の代わりとして回答させる「シリコン・サンプル」という概念が紹介されています。
AIは人間の味覚を模倣できるのか?
「シリコン・サンプル」とは、AIに特定のペルソナ(年齢、性別、嗜好など)を与え、人間のように振る舞わせてデータを収集する手法です。
もしAIが、人間の味覚や好みを高い精度でシミュレーションできるなら、実際のパネルによるテストを行う前のスクリーニングとして非常に強力なツールになるでしょう。実際に、形や色と味の結びつき(丸い形は甘味、角ばった形は塩味や酸味を連想するなど)において、AIは人間と似たような傾向を示すという研究結果も出ています。
しかし、ここで立ち止まって考える必要があります。AIはあくまで過去の膨大なテキストデータから「もっともらしい答え」を生成しているに過ぎません。そこには、実際に食品を口にした時の「感動」や「驚き」、あるいは文化的な文脈による微妙なニュアンスの違いまでは含まれていない可能性があります。
「機器分析」×「官能評価」×「生成AI」の未来
生成AIにはバイアスやハルシネーションのリスクがあります。AIが生成した画像やレシピが、消費者にとって「人工的」で魅力に欠けるものと映る場合もあります。
だからこそ重要になるのが、「Human-in-the-loop(人間が介在すること)」という考え方です。AIが出したアウトプットを鵜呑みにするのではなく、最終的には人間が解釈し、検証する必要があります。
私たちアルファ・モス・ジャパンは、フラッシュGCノーズや電子味覚システムといった「機器分析」と、人の五感による「官能評価」を融合させることで、客観的かつ信頼性の高いデータを提供してきました。ここに「生成AI」という新たな視点が加わることで、例えば以下のような未来が描けるかもしれません。
- 機器分析データで客観的な成分や物理特性を測定する。
- 生成AIで、そのデータが消費者にどう受け止められるか(情動や言葉の表現)を予測・シミュレーションする。
- 人間のパネルで、最終的な「おいしさ」や「心地よさ」を検証する。
生成AIは、人間の仕事を奪うものではなく、私たちがより創造的な開発を行うための強力なパートナーになり得るでしょう。しかし、その羅針盤となるのは、やはり私たち自身の「感性」と、それを裏付ける確かな「分析データ」なのかもしれません。
皆様の開発現場では、AIの活用は進んでいますか? テクノロジーの進化と共に、官能分析のあり方もまた、新しいフェーズへと進んでいるようです。
参考文献:Motoki, K., Low, J., & Velasco, C. (2025). Generative AI framework for sensory and consumer research. Food Quality and Preference, 133, 105600.

