「見た目」が味を支配する? ークロスモーダルな感覚・認知の調和がもたらす風味設計アプローチ

私たちが日々の食事で感じる「おいしさ」は、単に舌の味覚受容体が化学物質を検知するだけで成立しているわけではありません。近年、感覚科学の分野において強く主張されているのは、脳内における「感覚の統合」の重要性です。

私たちは、食べ物を口に運ぶよりもずっと前に、まずその見た目(視覚情報)、特に「色」によってどのような味がするのかを無意識のうちに予測しています。この視覚から始まるクロスモーダルな相互作用は、単なる事前の期待にとどまらず、実際に口にしたときの味の知覚や、好ましさ(受容性)、さらにはその時の感情にまで強力なバイアスをかけることが分かっています。

視覚が形作る「味覚の期待値」とクロスモーダルな結びつき

私たちは、食品の色からフレーバーの強度やその製品が持つ本質的な特徴を推測します。この色の濃淡や色相と味覚特性の結びつきは、私たちが成長する過程での経験や文化的背景、なじみ深さによって脳内に蓄積されたデータベースのようなものです。

例えば、一般的に「色が濃い=味が濃い、あるいは特定の味が強い」という対応関係が、多くの食品カテゴリーにおいて無意識的に共有されています。このように、ある感覚(視覚)の刺激が、別の感覚(味覚)の強度の期待値を系統的に変化させる現象は、クロスモーダルな対応関係として広く知られています。この期待値は、製品を購入するかどうかの意思決定だけでなく、喫食時の期待に基づく事前評価として極めて重要な役割を果たしています。

期待と知覚の不一致が招く「コントラスト効果」

しかし、視覚による期待をコントロールして味の知覚をブーストさせようとする際には、人間の脳ならではの落とし穴に注意しなければなりません。それが、期待の不一致と、それに伴って生じる「コントラスト効果」です。

例えば、味をより強く、または塩味を強く感じさせようとして、見た目の色調を過剰に濃く着色したとします。このとき、消費者の脳内ではテイスティング前に非常に高い期待値が形成されます。しかし、実際に口にしたときの味覚シグナルがその過剰な期待に満たない場合、脳は期待と現実の「ギャップ」を鋭敏に察知します。この認知的不協和により、実際には十分な味の強度があったとしても、脳は味を「本来よりさらに弱い」と判断してしまいます。結果として、おいしさの評価が下がり、製品に対する満足度も著しく低下してしまうのです。

この「期待と知覚のギャップ」を示す興味深いファクトがあります。一定の塩分濃度(12% NaCl)に統一した醤油モデルを用い、その色調の濃淡だけを4段階に変化させて100名の消費者が評価した研究において、極端に色を濃くしたサンプルはテイスティング前の「塩味の期待値」こそ最高スコアを記録したものの、実際に口に含んだ後の「知覚された塩味」は4つのサンプルの中で最も低く評価されるという、コントラスト効果が確認されています。

「感覚・認知の調和」が生み出す価値

これに対し、最もおいしさ(好ましさ)の評価が高まり、消費者にポジティブな体験をもたらすのは、見た目から受ける期待と、実際の味覚体験がぴったりと合致したときです。

つまり感覚・認知の調和です。見た目通りの味が口の中に広がる「味が見た目と一致している」という感覚は、消費者に強い安心感と心地よさを与えます。先ほどの醤油モデルを用いた評価においても、色調を極端にするのではなく、標準よりわずかに適度に濃くしたサンプルにおいて、期待値と実際の知覚が最もバランスよく調和し、結果として色と味の双方で最も高い好ましさが獲得されています。

さらに重要なのは、この感覚の調和が消費者の感情にダイレクトに作用するという点です。見た目と味が一致し、感覚の調和が達成されたとき、私たちは「興味」「満足」「心地よさ」「幸福感」といったポジティブな感情を顕著に抱きます。逆に、見た目が薄すぎて期待を裏切られたり、逆に濃すぎて不一致を起こしたりすると、脳は「退屈」「不安」「拒絶」といったネガティブな不快感情を呼び起こしやすくなります。

これからの風味設計:感覚統合を応用した「非侵襲的」なアプローチ

この「感覚の統合」や「感覚・認知の調和」というアプローチは、今後の食品開発、特に減塩や糖類カットといった健康志向の製品開発において、極めて強力な設計指針となります。

健康維持のために塩分や糖分を化学的にカットすると、通常は味の物足りなさや受容性の低下が最大の課題となります。しかし、代替成分の添加や製法の変更だけに頼るのではなく、脳が知覚する調和のポイントを逆算して見た目の色やビジュアルデザインを最適化することで、実際の配合組成を変えることなく、消費者が知覚する味わい(満足感)を維持・強化することが可能になります。

こうしたクロスモーダルな感覚デザインを意識した製品開発は、消費者に味気なさなどによる我慢を強いることなく、健康とおいしさを両立させる、これからのフードサイエンスにおける極めて優しく、知的な解決策であると言えるでしょう。


参考文献

  • Peerapong Wongthahan, Amporn Sae-Eaw, Witoon Prinyawiwatkul. “Influence of Visual Color Cues on Saltiness Expectation, Sensory Liking, and Emotions: A Soy Sauce Model Study.” Foods, Volume 15, Issue 1 (2026).